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東京高等裁判所 昭和54年(う)1449号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人醍醐政、同森三千郎連名提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官提出の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

一所論第一乃至第三について

所論は、原判示第三の覚せい剤所持の事実につき、被告人自身にはこれによつて自ら営利を得る目的はなかつたとし、被告人に対し刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項第一号、二項、一四条一項の罪の成立を認めた原判決を事実誤認又は法令適用の誤りがあるものとして論難する。

しかし、本件所持にかかる覚せい剤はそれだけでも約三八二グラムという多量のものであるばかりか、右は被告人並びに原審相被告人らの間で進められていた覚せい剤四キログラム、総価格三〇〇〇万円という大規模な売買取引の目的物の一部をなすものであるし、右所持の共犯者とされた原審相被告人周筱瞬はその買主側であつて転売による利益を目論んだもの、同任應河、同後藤新治は売主側として本件取引により直接利得を得ようとしたものであつて、このことは所論も承認しているところである。一方被告人は、この営利取引において売主側とくに右後藤に近い仲介者的立場にあつたものと認められるが、その仲介の態様乃至取引の加功の程度たるや、まず、覚せい剤四キログラムを買い受けたい旨の買主側の申し入れを直接最初に受け、これを右後藤に取り次ぎ、次いで買主側の注文に応じ見本の覚せい剤を持参して浜松から上京これを交付し、また本件三八二グラムの取引にあたつては右任、後藤と共にこれを携行上京したばかりか、原判示東亜ホテルにおける取引の場にも臨み、取引価格の交渉にあたつては右後藤の利益のため積極的に口を添えたというものであつて、これを要するに、被告人は本件取引については、そもそもの発端から終始これに介入して重要な役割を演じたものであることが認められる。

叙上の経緯によつてみれば、被告人もまた本件取引全体によつて応分の口利き料乃至利益の配分にあずかるべき立場にあつたものであることは、取引上の通念に照して当然のことと認められ、それゆえ、売主側である前記任、後藤らにおいていずれは被告人に対する分け前を考えていたというのも、取引関係者間の常識としてそうであることを意味するものであつて、その旨の積極的な表明乃至確認的言辞のないかぎり外部の者からたやすく推知しうべくもないようなまつたくの主観的、個人的意思を意味するものではないと認められるのであるし、また自らブローカーであり、当初からその経緯を十分承知して本件取引に介入した被告人においても、自己の取引上の立場を十分認識し、ひいて利益の分け前にあずかるべきことの認識を有していたものであるとの推認を免れないものである。被告人が、本件取引に数か月先立つて仲介した覚せい剤の取引において、右後藤に結果として損失を負わせたといういきさつがあつたため、本件の取引においてその回復を図るべく、後藤に利益をもたらそうと奔走画策し、すなわち右後藤に財産上の利益を得させる積極的な意図乃至目的で原判示実行行為に加わつたとの事情は、これと合わせて付従的にもせよ自ら財産上の利益を得る目的を有していたとの右認定を妨げるものではない。

のみならず、一般に営利目的犯における営利の目的とは、自己のため財産上の利益を得る目的の外、これを第三者に得させる目的をも含むものであるところ、特に覚せい剤取締法においてのみ右後者が営利の目的に含まれないと解すべき実定法上の根拠はなく、また実質上もかく限定的に解すべきいわれは毛頭存しないのであるから、右後藤に財産上の利益を得させるという前記目的もまた、結局は被告人における営利の目的というに帰するものである(なお、所論は、最高裁判所第三小法廷昭和四二年三月七日判決・刑集二一巻二号四一七頁を援いて原判決を論難するが、麻薬取締法においてもまた、第三者に財産上の利益を得させる目的をもつて同法の営利の目的に含まれないものと敢えて限定的に解すべき規定上実質上の根拠はまつたく存しないから、右判旨をもつて所論のごとき限定的趣旨のものと解するのは、けだし相当ではない)。〈以下、省略〉

(木梨節夫 栗原八郎 柴田孝夫)

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